28. 余滴 「眠る」
ひとは眠るとき、最も弱い姿をさらします。乳飲み子の姿のように。でも、実は眠りは強い信頼の姿でもあるのです。信頼のないところで、人は眠りに就けません。
嵐が起こり、沈みそうになった舟の中で「助けてください」と叫び声を上げる弟子たち、恐れと不安に襲われ、眠るどころか平静でもなかったのです。神への信頼を失っていたからです。イエスは言われます。『なぜ怖がるのか、信仰の薄いものたちよ』
そのイエスは舟の中で眠っていたのです。
イエスとは違って私たちは眠れない夜を過ごすことがしばしばあります。痛みや苦しみが眠りを奪うこともありますが、多くの場合、思い煩いや不安が眠りを妨げるのです。思い煩いや不安が原因ではないのです。神への信頼を失っていることが問題なのです。『主は愛する者に眠りを与えてくださる』(詩編127:2)のですから。
眠りは神からの恵みの賜物です。眠りの時にこそ私たちは神への信頼と安心を味わうことができるのです。嵐の中でも眠っていたイエスのように。
「眠る」といえば、『飼い葉おけの中に眠る乳飲み子イエス』(ルカ2:12)の姿です。神が与えられた恵みと平安に信頼するイエスの姿がここにあります。飼い葉桶と嵐の中の舟、そこに神の平安があるのです。
アドベント(待降節)が始まります。もっとも弱い人の姿となり、最も強い神への信頼に生きたイエスを迎えます。「神には栄光、地には平和」 飼い葉おけの中に眠るイエスが告げる平和のおとずれです。
マタイによる福音書8章24節