「蚊は死にました。自分を死なせたものの手のひらのうえに、一輪の真っ赤な花を残しておいて・・・お返しいたします。あなたの中を流れていたものを、たしかにあなたへ・・・と。それが死んでいくものの、生きているものへの礼儀であるかのように」
「蚊」と題された、まど みちおの詩です。「ぞうさん ぞうさん」、「一年生になったら」など数多くの童謡をつくった人の詩とは思えない、怨念のこもった血なまぐさい言葉に驚きます。
夏の間、庭で手足を刺している蚊を叩き潰すたびにこの詩を思い出していました。あれは蚊に対する私の復讐だったのでしょうか。それとも、「オレの血は、オレに返せ」と、自分の所有を宣言する愚かしい行為だったのでしょうか。
もしそうなら、「皇帝のものは、皇帝に返せ」と同じレベルでしかないでしょう。しかし、もし自分の血のその一滴までもが「神のもの」だとすれば、それは神に返すべきものなのです。もしかしたら、あの蚊たちは「神のものは、神に返せ」とばかり、神に代わって取り立てている神の使いかもしれません。
そう思えば、手のひらに残った一輪の真っ赤な花が、「神のものを、神に返そうとはしなかった」罪の痕跡に見えてくるのです。